不作為の罪                    -投資なきROA向上は製造業の競争力を低下させた-

円安、インフレの影響を実感する機会が増えてきた。最も感じるのは昼食のメニューコストが上がったことであろう。円安に伴い製造業の国内回帰の議論が盛んになっているが、労働人口減少、熟練散逸などを勘案すると現実的には相当に困難であろう。エレクトロニクスではすでに国内にマザー工場がなくなってから久しく、水平分業に大きく振った弊害は大きい。日本の経常収支は黒字であるが嘗てその中心であった貿易収支は赤字に陥り、所得収支がそれをカバーしている。いわば過去の海外投資からのリターンでなんとか帳尻を合わせているわけであるが、これは持続可能ではあるまい。日本の製造業の位置づけは嘗てと比べて低下しているもののGDP、ならびに就業者数の約2割を占めており基幹産業であることに変わりはない。ちょっと気になったので法人企業統計でデータを少し見てみた(以下のデータは全て法人企業統計が出所である)。

日本の製造業(全規模)の売上と営業利益率(OPM:Operating Profit Margin)の長期の推移は以下のとおりである。この図は見慣れている方も多いと思うが、失われた30年でトップラインは伸びておらず、収益性のボラティリティは増大している。設備投資(ソフトウェアを除く設備投資)を見るとバブル期のピークから急減し投資しない体質が定着しているのが分かる。なお、設備投資効率(付加価値額÷有形固定資産)は80年代前半から大きく低下し、2000年以降横這いとなっている。

 

では、設備投資に回らずキャッシュはどこに向かったかというと、よく言われているように内部留保と株主還元に回っている。今週参加したRIETIのセミナーでBNPパリバ証券の河野さんが日本はリスクを取らず危機に備えて内部留保を蓄えた経営者が生き残り、今回のコロナでそれが更に定着することを懸念しているという趣旨の発言をされていたが非常に納得してしまった。コーポレートファイナンスの授業では、会社=キャッシュマシン(お金を儲ける投資運用手段)である、なぜなら、お金には機会損失コストが存在するから会社は価値を創造しなければならない、と教えられる。この考え方に基づくと、現在の日本の製造業は投資家からは事業開発による価値創出を(キャッシュマシンとして)期待されていないということであろうか(同じくコーポレートファイナンスの授業で自社株買いは現在の株価が低すぎると投資家にシグナリングを送るために使われることもあれば将来の成長に向けた事業機会を見つけられない為に投資家にお金を返すために使われることもあると教えられるが、恐らく現在の日本の製造業の配当拡大は後者の側面が強いのではないだろうか)。

 

設備投資とROAの関係を見るときれいな負の相関関係が見られる(加速度原理によると企業の所得増分が投資額を決定するとされるが、一方で設備投資削減によるコストカットと資産圧縮を通じてROAを改善させる効果も考えられるので因果関係は不明)。下記の左図を見るとプラザ合意前後で動態が異なることが分かる。

 

そこでプラザ合意後からの設備投資とROAの推移を見てみると、設備投資減少に少し遅れる形でROAが改善するサイクルが繰り返されていることが見て取れる。そしてROAは着実に右肩下がりである。すなわち、リセッションの度に投資を抑えてROAを回復させているが、投資無きROA向上は製造業の競争力を低下させていることが推測される。

 

更に分かりやすくするために年代別でROA因数分解ROA=OPM×総資本回転率)した(所謂DuPont分析)。なお、1960年代から10年単位で各指標の算術平均を取った。1980年代までと1990年代以降では異なる動きをしていることが分かる。高度経済成長期からプラザ合意があった1980年代までは生産性の増大(総資本回転率の上昇)と輸出拡大(市場拡大によりOPMは減少)が見て取れる。一方で1990年代以降はOPMが大きく変わらない中、生産性が低下(総資本回転率の減少)していることが見て取れる。これは、投資をしていないため生産性が低下(イノベーションの枯渇、設備の老朽化)しているということではないであろうか。

 

プラザ合意までは高度経済成長期(~1975年頃)終了後も製造業は旺盛な投資を背景とした生産性向上で輸出増大(プラザ合意以降の円高を契機にFDI増大により日本への還元率は低下)したが、失われた30年で投資していないことから生産性が低下し縮小均衡へ陥り、イノベーションが生まれない業界となってしまったことが懸念される。不作為の罪の疑義である。