今=ここ文化、あるいは日本文化における時間と空間と戦略的思考

「日本人は不満に強く、不安に弱い」という指摘は様々な場面で「確かにそうかも」と思わせる普遍性があるように感じる。このGWは特に遠出はせず読書三昧であったが、そこで読んだ本でもそう感じることが多かった。日本政治論、戦後日本外交史、集団的自衛権天皇制、経済法などについての本を読んだが(とっちらかっているように見えるかと思うが、最後の経済法を除き一応自分の中では関心がつながっている)、振り返ってみると政治に関する本が多かったこともその要因かもしれない。「祭り上げ型の組織構造(天皇制リーダーシップ)」は統治構造や企業のマネジメントでもそこかしこに見られるが、マネジメントが無能でも「不満」に耐える(株主資本主義が機能していない日本ではまだ残存していると思う)という意味では日本を代表する特色であろう。

昨今流行りのデジタルの前、2000年代はじめのITバブルのころにソローパラドックスが話題になった。情報通信産業を見ている室に所属していたこともあり、当時色々と文献を読んだが、組織構造の違いがIT投資による生産性向上に大きく関係しているというのが結論のひとつ(1104seisakukoka19.pdf (cao.go.jp))であったと記憶している。最近話題のデジタルはコンピューティングパワーの増大とそれに伴うソフトウェア化を背景に当時と異なりCyberとPhysical、ITとOTなど対象範囲が多岐にわたり、いわゆるSystem of systems(SoS)の発想が必須なのでより大きな複雑系であり、その成否に組織構造が与える影響は大きいであろう。

「祭り上げ型の組織構造(天皇制リーダーシップ)」の背景には日本のムラ社会があると言われる。曰く、農耕文化である日本ではコンフリクトを発生させることを最も嫌い長期的な秩序や社会的安定を最重視してきたという説である。幕藩体制での長子相続はどんなにボンクラでも初めから長子に家督を継がせることをルール化することで無用な争いが発生することを避け260年近い平和を維持したそうである(最も江戸後期に入ると財政が苦しくなる藩が増え、優秀な人材を養子とすることで実質的には同ルールは崩壊していたようであるが)。

一方で日本は「今=ここ」文化が特徴であるとも言われる。同説は加藤周一氏(ご近所さんであった、眼光鋭くオーラを漂わせており目立つので近所で見かけるとすぐに分かった)が提唱したそうだ。『日本文化における時間と空間』(日本文化における時間と空間 | 加藤 周一 |本 | 通販 (amazon.co.jp))によると、日本人は時間においては「今」に、空間においては「ここ」に集約される世界観を持っており、「今=ここ」に生きていることが特徴であるそうである。このため昨日の立場と今日の大勢の一貫性に固執せず大勢順応主義への圧力が強く、その背景には強い集団帰属意識、所謂ムラ社会の意識があるとのことである。であるがゆえに、幕末に尊皇攘夷イデオロギー的には開国とは真逆であった薩長を中心とする新政府が急速な西洋化を推し進め、戦後には特攻や一億層玉砕と言っていた日本人の抗戦意思の高さを重視し占領には80万人以上の兵力を要するとした米軍部の憂慮は杞憂に終わりスムーズな民主化を進めることが出来たそうである。

さて、個人的な話しで恐縮ではあるが小生昨年からオペレーションズ・マネジメントを勉強中である。理論的で体系的な知見がないとダメだという問題意識が背景にあるが、その一環で読んだ教科書である『現代オペレーションズ・マネジメント』(現代オペレーションズ・マネジメント: IoT時代の品質・生産性向上と顧客価値創造 (シリーズ・現代の品質管理) | 隆夫, 圓川 |本 | 通販 | Amazon)に「今=ここ文化とビジネス・技術」というコラムがあり非常に腹落ちした。なお、ネタばらしをすると一般財団法人エンジニアリング協会(ENAA)(一般財団法人エンジニアリング協会(ENAA))の勉強会で同書のご著者の東工大の圓川先生のご講演を拝聴した後に同書を読み、更に加藤周一氏の書籍を読んだという経緯である。曰く、「今=ここ」を重視するから将来や外の世界に対してのリスクマネジメントに無頓着となる(が、一度IoTパラダイムが大勢を占めるようになれば大勢順応主義故に一挙にそちらに流れる)一方で、組織内での同質競争に基づき、「うち(ここ)」と外の関係から外部に上位の文化があるという相対劣化のメンタリティにより不良0、故障0と言った無限遠点に目標を置いた日本独自の「改善」が駆動されるとのことである。それ以外にも「ここ」を重視する故に部分からの建て増し思想がベースとなり仕上げの美学や擦り合せの設計に強いなどの説明もなされていた。極めて腹落ちする内容である。理論はこう使うんだな、というお手本を見たような感じがした。そんな時ふと、社会人になりたての頃、「戦略的思考とは科学的でないものを科学的に扱うことである」と先輩に言われたことを思い出した。そのためにも理論的ドメイン専門性の数を増やし、それらを結びつけて新しい視点を導出できるよう、体系的知識を身につけるべく日々精進しようと思う(GW明け初日なので気合を入れる意味も込めて(笑))。